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第一回 金剛山も食後の景色

『金剛山も食後の景色(금강산도 식후경、クムガンンサンド・シクギョン)』という俗諺があります。「金剛山(금강산、クムガンサン)」は韓国の江原道(강원도、カンウォンド)の北部にある美しい山で、有名な観光地でもあります。現在は北朝鮮の領土になっていますが、韓国の智異山(지리산、チリサン)、漢拏山(한라산、ハルラサン)と北朝鮮の白頭山(백두산、ペクトゥサン)と共に朝鮮半島の四つの名山として知られています。「食後の景色(식후경、 シクギョン)」というのは「食べた後から見物する/観光する」という意味を持ちます。「金剛山も食後の景色」という言葉は「どんなに綺麗なクムガンサンでも食後に見物するもの」ということを意味します。すなわち、何よりも食べるのが先、どんなに楽しいことでもお腹が空いていると楽しめない、ご飯を食べたからこそ楽しめることができるという、食べることを大事に、また優先する韓国人の気持ちを表している俗諺です。似ている日本語の表現としては「花より団子」が挙げられます。
韓国人同士の話を聞いてみると、韓国人が「おはよう(안녕、アンニョン)」と挨拶するのはよく知られていると思います。ですが、もっとよく聞いてみるとその次によく耳にする言葉があります。それは、「ご飯食べた?(밥 먹었어?、バプ・モゴソ?)』という言葉です。韓国の人が友達に電話をかけるのを聞いてみても「何してるの?(뭐해?、モヘ?)」という質問のすぐ後には「ご飯は食べたの?(밥은 먹었어?、バブン・モゴソ?)」という言葉をよく耳にします。「ご飯食べた?」は友達に使える言葉ですが、他に話しかける相手によって「食事はされましたか?(식사는 하셨어요?、シッサヌン・ハショッソヨ?)」、「ご飯は召し上がりましたか?(진지는 잡수셨어요?、ジンジヌン・ジャッスショッソヨ?)」などの敬語の表現もよく聞きます。
他には、久しぶりに連絡する人にも韓国の人は「ご飯はちゃんと食べているの?(밥은 잘 먹고 다니니?、バブン・ジャル・モッゴ・ダニニ?)」と訊いてしまいます。 この時、「ご飯食べた?」とか「ご飯はちゃんと食べているの?」に対しての返事は「うん」、「いや」など、ご飯を食べているかどうかによりますが、このような質問は相手が本当にご飯を食べているか知りたくて聞くのではありません。では、もしかしたら「ご飯をご馳走したいのか」、それと「ご馳走になりたいのか」と思ってしまう恐れもありますが、そういうことでもありません。でなければ、「ご飯を誘っているのではないのか」と捉える人もいるかもしれませんが、そういうことでもありません。それでは韓国人が「ご飯を食べたか」と聞くのにはどういう意図が潜んでいるのでしょうか。実は韓国での「ご飯食べた?」という言葉は、別に何の意図も意味も持っていない時が多いのです。韓国の「ご飯食べた?」という質問は、日本の「元気?」とか英語圏の「How are you?」のように、安否を問う言葉です。ご飯に関する挨拶の表現がめったにない日本や他の国々からみると、韓国のこのような話し方はちょっと特異なこととして感じられるかもしれませんが、韓国ではお互い「ご飯は食べたか」と聞くのは平凡な挨拶であり、日常生活の中で頻繁に言い交わす言葉です。
日本では友達と別れて家に帰る時「また今度遊ぼう」という言葉がありますが、これに相応する韓国の言葉は「また今度ご飯食べよう/今度一度ご飯食べよう(다음에 또 밥 먹자/언제 한번 밥 먹자、ダウメ・ト・バプ・モッジャ/オンゼ・ハンボン・パブ・モッジャ」になります。勿論、本当にまた会うことを前提として言う時もありますが、日本の人が挨拶のように使う時もある「また今度遊ぼう」に当るものだと思います。韓国でも別に本当にご飯を一緒に食べる意志がなくても挨拶のように、この「またご飯食べよう」を使います。このように、日本語では「遊ぶ」という動詞でしている表現が、韓国では「食べる」という動詞で表現されているのは面白いことだと思います。
他にも韓国人がよく使うご飯に関する表現として「ご飯力(밥심、バプシム)」という言葉もあります。バプシムというのは「ご飯(밥、バプ)」という単語と「力(힘、ヒム)」という単語が合わさって出来た言葉で、発音を簡単にするためバプヒムがバプシムに変わったものです。日本語に訳すと「ご飯を食べて生じた力」というものです。韓国では「韓国人はバプシムで生きて行く(한국인은 밥심으로 산다、ハングギンウン・バプシムロ・サンダ)」のような言い方もよく使います。
どこの国でも衣食住に関する文化は深く発達していますが、韓国では取り分け「食」に対する言語の表現が豊富です。なぜ韓国ではこのようなご飯に関する表現が多く出来たのでしょうか。明確な説明は出来ませんが、「ご飯は食べたか」と訊くのについては、大昔、韓国の経済が発達する前、生活が貧しくて窮乏していた時、お互い"今日は飢えないでご飯を食べられたか"のように聞いていた習慣が、現在は特に意味も無く挨拶として使う言葉になったという解釈があります。確かに、お腹がいっぱいになるまで多く食べられなかった昔は、人々の満腹への切なる願いがその言葉に込められていたのかもしれません。表現の正確な起源は確かめることができませんが、ご飯と食べる行為に関する韓国の豊かな言語表現の中では韓国の人がどれだけ食べることを大切にしてきたか、食べる事にどれだけ感謝、愛情を持っていたかなどが反映されています。それと同時に昔から現在に至るまで、韓国人は本当に「食」に執着しているのではないのかという面白い意見もあります。

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